『風都探偵 仮面ライダースカルの肖像』原画集発売記念監督・椛島洋介インタビュー

スタジオKAIにおけるクリエイティブの中核として、これまで様々な仕事を残してきた椛島洋介さん。原画集が発売された劇場版『風都探偵 仮面ライダースカルの肖像』を中心に話を聞いた。
“複眼”の準備はできていた
――椛島さんのこれまでを遡る前に、直近作である『風都探偵』と劇場版『風都探偵 仮面ライダースカルの肖像』についてお話をうかがいます。椛島さんは、「仮面ライダー」シリーズがもともとお好きだったそうですね。
椛島:ええ。仮面ライダーをアニメでやりたい思いはずっと自分のなかにありました。アニメで表現するにはどういうデザインが最適解なんだろうかと、頼まれもしないのにずっと考えていた時期があって(笑)。
――仮面ライダーのデザインについて椛島さんなりのポイントはどこだったのですか。
椛島:複眼ですね。これをどう描くべきかが避けて通れないファクターだなと試行錯誤を自分なりに重ねていたんです。
その後、アニメ『風都探偵』の企画が立ち上がるのですが、まだはっきりとスタジオKAIでやることが決まっていなかった時期に「(プレゼンテーションを含めて)仮面ライダーがどういうデザインになるかの指針を東映さんに見せたい」と、古谷(大輔)【※注1】から打診をもらったんですよ。そのときに「もうありますよ」とお話しして。
――ああ。企画を動かす前から複眼の準備はバッチリですと(笑)。
椛島:そう(笑)。それを気に入っていただけたのか、ありがたいことにゴーサインが出たんですよね。やりたいことがあるなら、そのための準備は常にしておくものだと思わされましたね。
【※注1】スタジオKAI取締役。アニメ『風都探偵』ではプロデューサーを務めた。
嘘を描く真実
――漫画「風都探偵」をアニメ化するにあたり、「ここは守らないと」と考えた箇所はどこですか。
椛島:仮面ライダーを正しくかっこよく動かすことです。ここは自分の長年の憧れと、夢としてまず絶対的に立たせたいなと。それと探偵ものとなると、必ず事件がつきまとってきますよね。事件には、それにまつわる犯罪者がいて、犯罪者は自分の罪を免れたいから嘘をつく。その嘘を描くためには、しっかりと真実も描かないといけないと思ったんです。キャラクターは当然ながら、着ている服といった細かいところも「本物」でなければいけない。街並みを作るにあたっても「横断歩道が本当にここに存在して大丈夫なのか」と、位置を決める段階で徹底的に追求していました。それがあってはじめて、「この人が嘘を言っている」という芝居が描けると考えたんです。
――嘘を描くために、映像には真実味を出すべきだと。
椛島:そうです。アニメっていくらでも嘘がつける映像媒体だと思うんですよ。それが強みですし、現実でできないことをやるからアニメのよさが引き立つ。だけど、『風都探偵』では嘘をつくなら明確な演出意図を持って表現しないといけない。ときめが宙を歩いているようなシーンは一見嘘に見えますが、これは作品内のあるトリックの元で成り立っているから演出として成立し、だからこそミステリーに繋がるわけです。そこの演出のロジックがしっかりしてないと、『風都探偵』は成立しないんですよね。
――それこそ裏風都は嘘の世界なわけですよね。
椛島:嘘というよりは、風都に対するアンチテーゼで作られている街かなと思っていました。風が舞う街である風都とは対照的に、風が存在しない街だと。だから、靡(なび)きは存在しないわけです。
あと通電はしているのかも気になっていたので、原作側に確認をしました。(通電は)しているという話だったので、「じゃあ、光り物はありだよね」と。少し不気味な演出にさせたかったので、室外機のファンの部分は回らないけど真っ赤に光るんです。
実写と漫画、そしてハリウッド
――今のお話は監督、演出としての目線だと思いますが、アニメ『風都探偵』には元々キャラクターデザイナーとして入られる前提だったそうですね。
椛島:そうですね。企画書の段階では「アニメーションのキャラクターに落とし込むときに、こういうデザインになると思います」と、翔太郎とフィリップを描いていました。ただ、あれよあれよという間に監督を受けることになってしまって(笑)。監督とキャラデが兼任しているタイトルは上手くいかないイメージがあったので、監督をやると決めたときから、キャラデは別の方にお願いしたいとは断固として言い続けていたんです。
――椛島さん自身からのお話だったんですね。
椛島:ええ。幸運にも蛯名(秀和)さんという素晴らしいキャラクターデザイナーさんと巡り会えたので、安心できました。キャラクターデザインコンペの段階で、蛯名さんから「この仕事は俺に寄越せ」というオーラを感じたんです(笑)。
――監督として参加することで、意識はだいぶ変わったのですか。
椛島:自分なら、他の監督ではできないキャラクターの導き方ができるなとは思いました。キャラクターデザインのプロデュースは、結構しっかりやったつもりです。東映さんへの向き合いもありましたから、しっかりメインキャラクターは自分のほうで「もっとこうしたらどうですか」と蛯名さんにアプローチをかけて作っていただいて。だから蛯名さんの最初のラフから考えると、自分とのやり取りを経て変わっているキャラクターが割といると思います。
――『風都探偵』というと、「仮面ライダーW」という実写特撮と漫画版、2つの大きな要素があると思いますが、どちらかの要素を重視されたのですか。
椛島:他にない作品だと思うんですよ。「実写ドラマがまずありました。それがコミカライズで続きました。このアニメ化です」と。そうなったときに、アニメーションとして映像化するにあたり、どこか「仮面ライダーW」を見ている雰囲気を感じてほしい、とは思っていました。だからタイトルの出方、絵コンテ、演出などパッケージ全部を「仮面ライダーW」でまず揃えたんです。まずは実写の雰囲気を拾いたかったんですよね。ただ、お話は漫画オリジナルなので、もう一点、佐藤(まさき)先生がどういうお考えでコマ割りを構築されているかも考える必要がある。絵コンテに落とし込むにあたり、そのコマ割りのロジックは塚田(英明)【※注2】さんと、たくさん議論しました。あとアニメーションに落とし込むにあたり、コマ間を埋めていく必要があるのですが、それは実写ドラマでどう撮られていたかを参考にしました。僕の場合、田﨑(竜太)監督【※注3】と坂本(浩一)監督【※注4】の影響が大きいので、お二方が作られている手法で埋めたり、トータルでそれに近い印象になるように映像管理をしていったんですね。そこからプラスアルファで自分の持ち味として、少しハリウッドに寄せたかったので、全編望遠レイアウトこだわったんです。「ハリウッドが仮面ライダーを作ったらどうなるか」というのを最初から言い続けていました。その規模感で考えたいと。
――椛島さんは、特撮とは別にハリウッドに対する意識がずっとあったのですか。
椛島:映画をたくさん見るタイプではないのですが、規模が日本と圧倒的に違うんですよね。ロケ地やそのロケ地でのアクションの見せ方も……日本だと市街地をバイクで走れませんからね。
――そうですよね(笑)。
椛島:ハリウッドだとバンバン走っていますし、走れないのなら「その町自体を(スタジオで)作るよ」と、意気込みが違うじゃないですか。アニメは絵の表現ですから、そのスピリットは再現できる場合もあるので、持ち込んで作りたいと思っていたんです。
――一方で、特撮の監督たちのカメラワークを取り入れているのは、椛島さんご自身がずっとご覧になられてきたからこそのこだわりだった、と。
椛島:そうですね。ただ、やっぱり実写のカット割りは編集にも依るところがあるんです。だからあまりそのままやりすぎると、アニメの作画にそぐわない場合もあるんですね。シリーズアニメ『風都探偵』の1話、2話、3話……特に1話と3話はかなり実写に寄せてカット割りを作ったりもしていたので、だいぶ(カット数が)増えてしまって。その反省点から、後続の話数でどうやったらアニメらしく変換できるか、切り替える必要がありました。
【※注2】「仮面ライダーW」のチーフプロデューサー。アニメ『風都探偵』ではエグゼクティブプロデューサーとして参加している。
【※注3】「仮面ライダーW」の監督。そのほか「仮面ライダー555」、「仮面ライダー電王」、「仮面ライダーガッチャード」、「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」などを手掛ける。
【※注4】ドラマや映画などで活動する監督。そのほか「パワーレンジャー」シリーズ、「ウルトラマントリガー NEW GENERATION TIGA」、「仮面ライダーフォーゼ」、「獣電戦隊キョウリュウジャー」、「ウイングマン」などを担当。
「仮面ライダー作画監督」の充実
――アクション面についてもお聞きしたいです。仮面ライダーらしいアクションにこだわりはありましたか。
椛島:僕自身スーツアクターの皆さんを尊敬しているので、仮面ライダーWは本来のアクターである高岩(成二)さん【※注5】が芝居している感じを、どこかでしっかり出していきたいと思っていました。しかし実写のアクションをそのまま持ってくるとアニメーションだと映えないこともあるので、「ここはスーツアクターさんの芝居感でいきましょう。ここはアニメならではの自由なアクションをしましょう」とどちらも入れ込んだつもりです。高岩さんがやりそうなことができるなと思ったときには、自分が直接コンテで指示をしました。
――シリーズアニメ『風都探偵』を終えたことへの達成感はいかがでしたか。
椛島:かなりリテイクで修正はしたものの、「仮面ライダー」のアニメーションとして動かすことはできたかな、と思いました。それと感情芝居もアニメーターの皆さんが頑張ってくれたので、しっかりしたものを見せることができたかなと。自分も見ていて、あらためて感じ入る部分もあったので。
一方で第2シーズンを作らせていただけた場合、懸念していたのは、「仮面ライダー作画監督をどうするか」でした。シリーズアニメでは、ほぼ仮面ライダー作画監督を自分でやったんですよね。それはさすがに無理があるので、早急にできる人間を増やしていく必要があるなと。そんななかシリーズの後半で、木村(和貴)くんが台頭してくれたんですよ。10話で初めて仮面ライダー作画監督補佐という役職になり、最終回では仮面ライダー作画監督に任命しました。なので劇場版『風都探偵 仮面ライダースカルの肖像』では、木村くんを軸にライダー作監を充実させたいと思いまして、僕の先輩でもありサンライズ時代にお世話になった松田(寛)さんや、メカニックデザインも担当されている新妻(大輔)さんがライダーの造形に詳しいので、ライダー作画を持ち上げてくれるといいなと思ってお願いしていました。
劇場版『風都探偵 仮面ライダースカルの肖像』では、自分は本当に監督として徹することができましたし、同時に任せられた箇所も大きくあって、そこは収穫だったと思います。芝居をすごく追求できたんですよね。
――劇場版『風都探偵 仮面ライダースカルの肖像』でスタッフ陣の変更などはあったのですか。
椛島:今回はドーパントのデザイナーが一新しました。前回は先輩である山根(理宏)さんにお願いしたのですが、今回ご参加が難しそうでもあったので、女性の艶めかしいところは冨永(一仁)くんに、かっこいい部分やテクニカルな部分が必要だと思ったところを式地(幸喜)くんにお願いして、これははまっていたなと思います。
【※注5】スーツアクター、スタントマン。仮面ライダーWのスーツアクターを務めた。
五感が揺さぶられるような演出を
――映像面で心がけたことはありますか。
椛島:先ほどお話ししたように、実写に寄りすぎるとカット数がどうしても増えてしまうので、今回はアニメならではのカット割りを最初から目指しました。それと、自分が80年代、90年代に作られたOVAで好きな映像があり、そういう雰囲気がところどころ垣間みられる映像を目指したつもりです。
――そういう雰囲気というのは……。
椛島:メリハリの部分ですね。芝居やアクションがエキセントリックなことがあったり。ビビッドな色使いであったり……。それっぽいシーンにできたと思うのはファングジョーカーの変身シーンです。ここは完全BL潰し【※注6】でいきたい、顔半分を潰して、コントラストを強めにするような雰囲気でやって欲しいと。自ら色までつけて監督修正を入れていました(笑)。その直後のファングの戦闘シーンを、雨宮(哲)くんにお願いできたんですよね。これもまたメリハリの効いたアクションで、最高の見どころのひとつです。
――今作では鳴海荘吉の存在がキャラクターとして重要だと思うのですが、どのように描こうとされたのですか。
椛島:アニメで鳴海荘吉の芝居を作っていけるのが、今作の醍醐味かなと思うんです。実写ドラマだと吉川晃司さんがすごくかっこよく演じられていて。今回は津田健次郎さんが演じられていますから、また違ったかっこよさが出せるといいなと。その端々、帽子の被り方、指先、立ち姿、背中と絵に関してはとにかく鳴海荘吉をかっこいい男にしたいと思って。翔太郎だけではなくて、誰もが憧れる男として描けるように頑張りました。
――なるほど。ドラマ面についてこだわったところはありますか。
椛島:翔太郎が泣くシーンが3回あるのですが、そこも力を入れたつもりです。
――荘吉から「助手になれ」と言われるシーン、自分のせいで荘吉を殺してしまったと思うシーン。事務所から荘吉の影が消えていくことを自覚するシーンですよね。
椛島:ええ。ただ泣くという行為でも、3パターンのお芝居ができる。ここは演出家としてもアニメーターとしても頑張りどころでした。ここでお客さんの心をしっかり掴んでいきたかった。殺してしまったと思うシーンは、「仮面ライダーW」やシリーズアニメ『風都探偵』のアバンでも見られますが、ほかの2シーンは漫画で初めて出てきますから。声が入って付くお芝居としてはアニメが初めてになるので、とにかく気合を入れた部分ですね。「描いて透かしました」という涙にだけはしないでくださいと蛯名さんに相談して。眼球の前に涙の膜が張られる……つまり潤(うる)むわけじゃないですか。そこをただのハイライトの大きなブレで終わらせるのではなくて、本当に涙の膜が張っていることが分かる処理を目指したいとお願いしました。
――感情表現を重視されているのですね。
椛島:僕が見て楽しかったと思えた映画って、五感が揺さぶられているんです。楽しかったからゲラゲラ笑って、感動する作品ではボロボロ泣いて、許せない人間にははらわたが煮えくり返るほどの怒りを感じるような。いい映画って、思いっきり泣いているシーンのすぐ隣に、コメディが入ってくるんですよ。今回はそこを意識してやっているシーンもあります(笑)。
――ときめに荘吉のことを語って泣き崩れて寝てしまうシーンですね。
椛島:ええ。そこでだいぶ静寂の間を取って、いびきを流して。そういうところがはまっているといいなと思いながらやっています。五感が揺さぶられるエモーショナルな演出をしっかりやりたかったんです。
【※注6】黒一色で潰したいという意味。
目指すは全てを賄える会社
――『風都探偵』を経て今後スタジオKAIという会社について「こうしていきたい」と強く感じたことはありましたか。
椛島:目指すところは、自社で全てが賄えるようになること。つまり外注はなくしていく方向性ですね。スタジオKAIはCG班ができましたし、(2025年の)4月から撮影部もできました。仕上げや背景も増やしていきたいと思っています。そのために、まずは我々作画陣が会社を引っ張っていかないと。そういう意味では「優秀だ」と思いながらも、劇場版『風都探偵 仮面ライダー スカルの肖像』の作業をやりながら、作監陣の芝居や画面の導き方について、さらに改善の余地があると感じたんです。そのカットに足りないところはなんなのか、気づける目を持ってほしいんですよね。そして気づいたところで、導くための画力や演技力を身につけてほしい。まずは5年10年かけて、スタジオKAIとして作画陣の強化を図りたいな、と思っていて。今、それをどういう風に進めていこうかは相談しているところです。そこにこれからの自分の時間を割いていくべきなのかなとは感じているので。自分は監督もキャラクターデザインも経験していて、それを導ける力はあるかなと思っているので、その技術共有をしっかりしていきたい。ひいては、しっかり自分が引退できるようにしたい。
――それはまだ早いのではないですか。
椛島:いえ、本当にそう思っていて。自分の代わりをちゃんと作っていきたい。会社としては当然だと思うんですよ。課長という役職があって、退任しますよとなったら、次の課長候補は育成しておくべきじゃないですか。だから、キャラクターデザインを自分が退くのであれば、誰か外の方を宛がえるんではなくて、必ず社員の中から自分と同じような力と考えを持った、もしくはそれ以上のクリエイターを就けるべきだろうと。そうでなければ自分も後ろに引けないので。大変ですが、トライしつつ……優しく指導していきたいと思いますね(笑)。
椛島洋介 プロフィール
代々木アニメーション学院卒業後、スタジオZ5に入社。その後、サンライズ、サテライトなどの現場を経て、現在はスタジオKAIに所属。
代表作に『アクセルワールド』(デュエルアバターデザイン)、『ウマ娘プリティーダービー』(キャラクターデザイン、総作画監督)など。シリーズアニメ『風都探偵』で初監督を務め、劇場版『風都探偵 仮面ライダースカルの肖像』でも同様に監督として腕を振るった。