『スーパーカブ』 今西亨(キャラクターデザイン)インタビュー

『スーパーカブ』 今西亨(キャラクターデザイン)インタビュー

『スーパーカブ』 今西亨(キャラクターデザイン)インタビュー

 両親も友達も趣味もない、「ないないの女の子」小熊。そんな彼女の単調な生活は、ふと見かけた中古のカブを買ったことで、少しずつ変わり始める――。
 現在放送中の角川スニーカー文庫にて刊行中のライトノベル原作作品『スーパーカブ』。
 第5回となる本取材では、キャラクターデザインを務める今西亨に、『スーパーカブ』ならではのキャラクター開発についてお話をうかがった。

2021年5月13日(木)


■脚本打ち合わせへの出席

――本作のキャラクターを描くにあたって、どのようなことから手を付けられたのですか。
今西 まず作品の方向性を把握することですね。それによって、原作からキャラクターをどう落とし込むかが変わってくるので、そこは確認する必要がありました。
女の子が出てきてワイワイする……いわゆる萌えものの感じなのか。それとも落ち着いた雰囲気なのか。小熊ひとつとっても、無口ではありますが、記号的なのか、リアルに描くのか。いくつか方向性があったと思うんです。それを知るために、今回は脚本打ち合わせに出させてもらったんです。
――キャラクターデザイナーが出席するのは、珍しいのではないですか。
今西 たしかにあまりないことだと思います。ただ、今回はそうしないと、作品性と足並みが揃えられないと感じていたので。
――実際に出席されて、作品性はつかめましたか。
今西 自分が考えていた選択肢のなかで、もっとも硬派な路線を行くんだなと……(笑)。そこは驚かされましたね。ですから理解を深めるために、初期の段階では、藤井(俊郎)監督と話しながら「ここはどういう表情でいきましょうか」といった相談をかなり綿密にしていました。
――監督の要望は、どのようなものだったのですか。
今西 今風(いまふう)にはしてほしくないと。
――具体的にどういうことでしょう。
今西 キャラクターを記号化したくない。そうおっしゃっていました。派手なところを作って、そのキャラクター性を表現するやり方ではないと。ですから、地に足のついた人間を描くのが目標でしたね。そうなるとどんどん地味になっていくのですが(笑)、それもこの作品にとってはいいのかなと。
――その思いはどういうところに反映されているのでしょうか。
今西 たとえば小熊たちの身体つきですよね。肉感的にはしないでほしいとオーダーがありました。朴訥としているというか、年相応の感じで、できるだけ色気はなくしたつもりです。ほかは、目がわかりやすいかもしれません。いまどき、こんなに色分けが少ないのは珍しいと思います。
――瞳をキラキラさせたくないということですか。
今西 ええ。最近はディテールを増やして表現することが多いと思います。ですが、今回は瞳の上部をあえてタッチ線(ラフに描かれた線)で真っ黒にして、ハイライト(光が強くあたっている部分)も一色のみにしたんです。
――瞳をタッチで描くのは珍しい表現ですよね。
今西 これは「人間的なデザイン」に行き着くための、いわば手段なのですが……つまり、イラスト感を目指したんです。アニメらしさではなく、イラスト感を採ることで、地に足のついた表現にしたかったんですね。それはもちろん、原作のイラストレーターである博さんの挿絵の再現も兼ねての作業でした。
――なるほど。瞳のタッチもその一環だと。
今西 はい。これはもう本当に賭けというか……。アニメっていろんな方の手を経て、映像になるんですよね。その過程で、線が減っていったり、絵が変わっていくんです。いわゆる「アニメらしい表現」は、多くの人の手を経ても劣化しにくい、長い経験から生まれたかたちでもある。それだけに、今回のイラスト感を目指した表現が成功するのかは不安もありました。
――実際、映像になっていかがですか。
今西 印象的に見せられたなと思っています。すべてうまくいった……とはいえないですけど、本当に、それだけでもやってよかったと思えました。

■ほつれ毛に宿る繊細さ

――ほかにイラスト感を目標にして採用した表現はありますか。
今西 瞳のタッチと同様に、線の情報を増やしたつもりです。たとえば、頬のタッチもそのひとつですね。
――頬に赤っぽい斜線が何本か入っていますね。
今西 ええ。博さんは漫画も描かれますが、そのときにはよく入っているんですよ。その再現もイメージしています。一般的に頬タッチというと、ピンク色を想像すると思うんです。色彩設計の大西(峰代)さんもそういうイメージだったかもしれませんが、無理を言って、濃い目にしてもらいました。これで記号的な頬の紅潮ではない、あえてやっている感じを出したつもりです。それがタッチ感、ひいてはイラスト感として表現されるように。
――頬の紅潮ではないと。
今西 そうですね。まあ、田舎の女の子のリンゴほっぺといったような漫画的な感覚もなくはなかったのですが、記号的なものにはしないつもりだったのはこちらも変わりません。
――撮影処理のようにあとから足される効果ではなく、アニメーターが実線で描くのが大事ということですね。
今西 はい。撮影処理や色で表現すると、面になってしまうんです。そうではなく、あくまで「線の情報」で表現したかったんです。ほかにも、髪の毛を線状のハイライトで表現しているのですが、これも同じ思考です。90年代のアニメって、髪の毛の表現としてギザギザしたハイライトを入れていたじゃないですか。どちらかというと、あれに近い表現方法なので、これも今風ではないと思います。
――椎だけは、ハイライトではなく黒いタッチで毛を表現していますよね。
今西 椎は原作で水色の髪なんです。ただ、アニメ化するにあたって水色だと、“アニメすぎる”と。なので、ちょっとグレーッシュなブルーにしています。結果、髪が明るくなるのであれば、黒いタッチを入れて差別化を図ろうと、そういう流れですね。
――髪の毛でいうと、小熊も礼子もほつれ毛がありますね。
今西 それも線情報を増やすことに一役買った気がします。これは監督からの要望でもありましたし、僕も繊細な表現として取り入れたいと思っていました。ほつれがあることによって「これは髪の毛なのだ」と、情報を端的に視聴者に伝えられると思ったんです。
――しかし、これをいちいち描くのは大変なのではないですか。
今西 いちばん大変なのは仕上げさん(=彩色作業の担当者)なんです。つまり、うっかりすると、ほつれと髪の間が塗られてしまうんですよ(笑)。
――なるほど。毛と毛の間は奥の背景が見えていないといけないのに、そこが髪の色で塗られてしまうと。
今西 あまりやらない表現ですし、アニメの制作は集団作業ですから、そういうことが起こり得るんです。国内だけでなく海外の方にお願いすることもありますから、必然的に情報は伝えづらくもなります。なので、仕上げの方には「大丈夫でしょうか……」と確認したんです。そうしたら、「全部チェックします」と言ってくださって。その言葉に背中を押されて、この表現でいこうとなりました。
――ちなみにプリーツスカートもハイライトで表現されていますよね。
今西 制服は全部ハイライトを入れていますね。これは線情報を増やすというより、影を付けても目立たない気がしたので、立体感を出すためにやったことです。
――服装に関してはご苦労もあったのでしょうか。
今西 じつは原作のトネ・コーケンさんから指定があったんですよ。型番から何から、写真も送っていただいて、色についても言及がありました。原作を描いていたときにイメージがあったみたいなんです。そういうこだわりは、藤井監督にもあったので、服装についてはおふたりの力が大きいと思いますね。

■髪よりも、まつげが優先

――礼子のデザイン作業についてはいかがでしたか。
今西 いちばん苦労したキャラではありました。なかなか落とし込めなかったんです。いちばん表情豊かで、感情を出すキャラなので、その感情感を入れて描いたつもりです。ただ、小熊だけでなく椎も、主要登場人物がそれほど感情をあらわにしないので、逆にバランスをとるのが難しかったですね。
――吊り目気味なのも特徴的ですね。
今西 それを表現するにあたって大事だったのが、まつげですね。あえて髪の毛の上にまつげが来るようにしています。
――たしかに、髪が掛かっているのにまつげが透けて見えていますね。
今西 ええ。とにかくまつげを優先にしたかったんです。礼子については、彼女らしさにつながるキーポイントだったので。ただ、じつはまつげのディテールは小熊のほうが細かいんですよね。
――一見シンプルに見えますが……。
今西 まつげの上の部分を二重にしているんですよ。最初に監督から「目もタッチで表現するのはどうか」と言われて試行錯誤していたんです。その流れで、上側の線ができたんですね。それを一本足せば、タッチ感が出るかなと。
――たしかに、本来は一本の線だけで成立はしますよね。
今西 そこにあえて足すことで、線で目を描いているように見えればと思ったんです。
――椎についてのポイントはいかがでしょうか。
今西 眉ですよね。いつもハの字になっているのを意識しました。困っているときだけではなく、ノーマルの表情でもハの字にしていて、性格を表現したつもりです。

小熊の表情集、影付き。頬や瞳のタッチ線、髪のハイライト、ほつれ毛など、線で描くことへのこだわりが見て取れる。瞳の上側にあるまつげが二重になっていることにも注目したい

礼子の表情集、影付き。まつげが髪に透けていることがわかる

椎の表情集、影付き。髪はタッチ線で表現。ハの字眉が特徴的

小熊の全身、制服。プリーツスカートの立体感をハイライトで表現している

■実体験と小熊の表情

――ここからは作画面についておうかがいできればと思います。表情芝居が非常に多いですよね。
今西 原作のカバー絵を見ると、「小熊って表情筋がないんだな」と思えるのですが(笑)。なかの挿絵を見ると、けっこう笑顔を浮かべたりもしているんですよ。カバー絵とのギャップがあるんですよね。その再現として、ギャップを出すようにしているんです。
――表情もふくめ、1カット内での芝居が多い印象なのですが。
今西 これは藤井監督の指定なのですが……高度なことを要求していると思います。キャラクターがちゃんと接地で歩いていたり、アニメーターの基本的な資質を試されている感覚があります。でも、たとえば朝にごはんをよそったりする芝居をアップでみせることで、この作品の本質がわかるじゃないですか。だから、そういう資質はやっぱり(この作品にとって)必要なんですよね。
カメラアングルについても、普通は寄るか引くかのどちらかで、ミドルサイズってやらないんですよ。表情も崩れやすいし、身体も全身を描かないといけないですから。そういったことが随所にある。ただこのあたりは、うまくいっているとすれば原画マンさんや動画マンさんがしっかりやってくださった結果ですね。
――では、表情の修正についてはどんなところに気を付けられたのでしょうか。
今西 やっぱり、小熊は基本無表情で上がってくることが多いんですよ。そこの表情付けをどうするかですよね。とくに、小熊が笑顔になったらどうなるのかは、僕ふくめ、みんなが悩んでいたところなんです。第1話でバイクを眺めながらにやーっとしているカットは、藤井監督と相談しながら描きました。あとは、ガス欠前のふにゃっと笑うカットも、かなり気をつけたつもりです。小熊は人見知りだし照れ屋なので、人の前ではあまり笑わなくて、逆にひとりのときにはニヤッとしたり驚いたり焦ったりする子だと思っていました。そこは藤井監督とも共通の見解だったことが後にわかったのですが。
――第1話では、カブという未知の乗り物に不安そうな表情も見られますね。
今西 それはですね……じつは僕、実際にカブを買ったんです。第1話の作業途中で免許を取りに行っているんですよ。で、一本橋の演習中に2回ほど落ちたんですよね。「ちゃんとした試験のときに落ちたらどうしよう」とドキドキしていたので、小熊の表情もドキドキしているんです。
――そうだったのですか(笑)。
今西 第1話のAパート最後の小熊の表情なんかに、それがあらわれているかもしれません。ただ、監督としては、「初めてのバイクで世界が広がる」といった方向性で考えていたようで、そこはずれてしまったのかも。それもあって、監督からは「もう少し笑顔で」といった修正があったように思います。
――なるほど。
今西 でもいまではカブに乗って、本当によかったと思いますね。東京がずいぶん暮らしやすくなりました。個人的に、この作品を視聴いただいた方にも、一度カブに乗ってほしいなと思います。カブに乗って世界が広がっていくイメージを、ぜひ感じてほしいですね。

■アニメを言い訳にするな

――日常作品を描くとなると、アクションなどでごまかしが効かないですから、レイアウトも重要になるのではないですか。
今西 監督から顔のアップや寄った絵は作りたくないとは聞いていたので、ちょっと引いて全体を見せるよう意識していました。それもあって、レイアウトは気を遣っていましたね。
ただ、監督が「鬼のレイアウト修正」をされるんですよ(笑)。監督の絵のスキルは今回ここにいかんなく発揮されていると思います。修正がすごくいいんですよ。
――そうなのですか。それほどレイアウトに気を遣われているのですね。
今西 監督の取材でもお話があったようですが、この作品では「置けないところにカメラを置かない」方針だったんです。そういう意味でも、レイアウトのごまかしが効かない。だから、逃げずに描くしかないんです。
振り返ると、キャラクターデザインにしても、芝居やレイアウトの方針にしても、この作品では逃げずに描く姿勢が大事だったように思います。いままでごまかしてきたような芝居を手癖でやろうとすると、藤井監督から言われる気がするんです。「アニメを言い訳にするな。逃げずにやっていくんだ」って。

2021年4月5日 スタジオKAI会議室にて


●その他の『スーパーカブ』インタビューはこちら
https://st-kai.jp/works/supercub/

●公式サイト
https://supercub-anime.com/