『スーパーカブ』 浅川茂輝(撮影監督)インタビュー
『スーパーカブ』 浅川茂輝(撮影監督)インタビュー
両親も友達も趣味もない、「ないないの女の子」小熊。そんな彼女の単調な生活は、ふと見かけた中古のカブを買ったことで、少しずつ変わり始める――。
現在放送中の角川スニーカー文庫にて刊行中のライトノベル原作作品『スーパーカブ』。
第9回となる本取材では、撮影監督の浅川茂輝にお話をうかがった。
2021年6月24日(木)
■原作イラストと線表現
――『スーパーカブ』を手掛けるにあたって、原作の印象はどのように感じられましたか。
浅川 これまで自分が関わってきたタイトルは、バトルやアクションものが多かったんですよ。撮影処理もどんどん盛っていくタイプが多くて。リアルな日常を描いた作品は珍しかったので、その点でおもしろそうだなと思っていました。
それと、(原作イラスト担当の)博さんを知ってたんですよ。(博さんが描かれている)漫画の「明日(あけび)ちゃんとセーラー服」が好きで「あ、このイラストレーターさんなんだ」と。
――博さんのどこに惹かれていたのですか。
浅川 やわらかくて温かみのあるタッチですね。アニメもそっちに振ってくれるのかなと期待していたんです。そうしたら(藤井俊郎)監督も自分とまったく同じだったみたいで。「線の感じは(原作イラストに)合わせてほしい」とお話を受けました。
――たしかに、アニメの小熊たちも輪郭線がやわらかいといいますか……そもそも線の途中途中が途切れているように感じるのですが。
浅川 はい。これは撮影であえてそういう処理をかけているんです。
――ということは、作画の段階では普通に一本の線として描いているのですね。
浅川 そういうことですね。これは原作イラストの雰囲気に近づけるために、監督の要望でやったことです。『どろろ』や『グランブルーファンタジー(ジ・アニメーション)』など、最近はいくつかの作品で採用例も増えて、少しずつ浸透している手法に思います。いずれも線の温かい感じを出そうとしていますね。
――この作業はかなり大変なのですか。
浅川 After Effectsのスクリプトとしてできるようにしてあるので、比較的ワンタッチでやれる作業ですね。線全体にも、特定の線に対してもかけることが可能です。
それと、3DCGにも有効なんですよ。
――セルじゃなくてもできるんですね。
浅川 はい。輪郭線だけ別に出してもらっていて、それに途切れる処理を足してるんです。もともとCGもセルルックなのですが、よりセルと馴染ませたくてやっています。
■空気の澄んだ感じを
――撮影の方針についてはどのようにお考えでしたか。
浅川 藤井監督からは、日常を切り取った感じに、本当にカメラを回しているような映像にしたいとお話があったんです。
――カメラを意識した演出表現は珍しいものなのですか。
浅川 演出さんによっては「カメラマンを意識させないでくれ」とおっしゃる方もいるんです。そこにカメラマンがいると、作り物らしさが際立つこともありますから。ただ、今回はあえて監督の考える実写らしいカメラワークの意識を取り込んでいて。ここまで徹底してやるのも珍しいと思います。
――なるほど。
浅川 あとは、フレア(光によって白く飛ぶような表現)をガンガン炊くような、派手な映像処理は極力やらず、ディフュージョン(この場合は映像にフィルターを掛けること)も抑えめでいこうと。そのうえでレンズをシミュレートして、色収差が薄く入ってるようにしています。本当に寄らないとわからないくらいのレベルですが……。
――映像にまったく撮影処理が入っていないというわけでもないと。
浅川 そうですね。セルとBGとのマッチングのためにも、少しは必要なんです。
――空気感を出すための撮影処理は意識されなかったのですか。
浅川 山梨の現地感は、あるといいなと思っていました。ロケ地にいけば小熊がいるような、そんな映像になるとおもしろいのかなと。ただ、それはむしろ、あえて処理をかけない理由のひとつになっていて。山のなからしい、空気の済んだ感じにつなげるために、引いた絵のときもBGをぼかしたりしないようにして、スッと奥まで見えるようにしているんです。
――なるほど。一方でスーパーマーケットといった室内シーンだと、ボケもかなり感じられますね。
浅川 たしかに。それこそカメラを意識した表現ですね。スーパーマーケットの狭い壁でカメラを回して被写体を撮ったら、BGの奥はボケる。実際にカメラをその場所に置けばそういう見え方をしますから。
あとは、暗いところは暗く、明るいところは明るく、という方針もありました。
――そこをはっきり区別すると、どのような効果が出るのでしょうか。
浅川 シャープに見えますね。影が白くなってくると、ボヤッとした締まらない絵面になるんです。ただ、そうなると夜は本当に暗くなる(笑)。監督からも「意識して明るくはしないように」と言われましたね。奥に街灯の光だけがぽつんと見えるみたいなぐらいで、建物が見えるような感じには、あえてしていないんです。
■LEDと白熱電球
――小熊の感情が色づくと、映像もそれに合わせて鮮やかになりますよね。この手法については監督からお話があったのでしょうか。
浅川 そうですね。そのために、ベースになるグレーがかったフィルターを用意しないといけなかったのですが、これは監督からイメージをPhotoshopでもらっていたんです。
――あのグレーがかった感じは監督からの発案なのですね。
浅川 ええ。自分はそれをAfter Effectsで落とし込めるよう調整したものを作っただけなんです。後の話数もふくめ、あのフィルターをずっと使っていますね。ただ、暗いところはちょっと青を入れているんですよ。こうすると、完全なBLよりリッチな感じに見えるんですよね。
――それにしても、第1話で小熊が初めてカブに乗るシーンを見たときは驚きました。
浅川 じつは第1話は、グレーフィルターを外すだけではなくて、ふわっとディフュージョンが強くなるんです。夢心地感を足したかったんですよ。これは(自分が)アドリブでやったんですけど……。監督がダメと言ったら元に戻そうと思って。残ってよかったなと(笑)。
――心情によって色味が変わる作品を、これまで担当されたことはありますか。
浅川 いや、初めてでしたね。でも、映像としてはすごく新しいことだなって。心情が変わったことを、視聴者に即意識させられる演出なんで。同時に贅沢な方法だなとも思います。画面の色もBGも、基本は明るい方の色で作ってるので。それをわざわざグレーにするわけですからね。
――なるほど。カブもふくめ、質感についてはいかがでしたか。
浅川 質感については、チップチューンさんで入れていただいたので、自分からはあまりお話できることもないのですが……とても良い感じだと思います。カブは昔触っていたから、それがわかります。
――カブとはどのような関わりがあったのですか。
浅川 ガソリン1リッターで何キロ走れるかを競う、ホンダさん主催のエコラン(=Honda エコ マイレッジ チャレンジ)という大会があって。それに使われるのが、カブのエンジンなことが多かったんです。その大会に部活動で参加していました。
――では、カブの素性もよくご存知なんですね。
浅川 とにかく燃費がいい。その大会では高校生がフレームから考えて、アルミや鉄で車を作るんですけど、ノーマルのカブのほうが燃費がよかったりするんですよ(笑)。車体も軽いし、タイヤが2輪なのも、4輪より抵抗の面で有利だったと思います。
――では、そのカブの描写について、撮影面で気をつけたことはありますか。
浅川 最近のカブだとウィンカーがLEDライトになっているんですよ。白熱電球と光り方が違うんです。LEDだとパッと消える感じなんですよ。それが普通の電極だとフェードイン・アウトする。小熊のカブはこの電球の点滅にしています。あと、第1話のガス欠シーンで、キックのときに一瞬電気がつくのかどうか。そのあたりはバイクに乗ってる人に聞きに行ったりしました。最終的には、一瞬ついて消えるとのことだったので、その話を参考に映像へ反映させています。
自分の担当範囲外でも、実際にホンダさんのほうで、ロゴやパーツの付け変えについてなど、しっかり監修していただいているので、カブの描写についてはかなりいいものに仕上がっていると思いますよ。
■引き算の撮影
――たとえば第1話でいうと、どういったところに撮影処理が載っているのでしょうか。
浅川 第1話冒頭だと、電車が駅に入ったときに、「ひのはる」の看板近くが明るくなるんです。ヘッドライトが当たって消えていく表現なんですよね。このあたりは監督と相談してやってみた部分ですね。
あと、同じく冒頭だと、小川に朝靄をじわっと入れていますね。これはコンテにはなかった表現で、実際の画面を見ながら調整をしていきました。
それと、ここのレンズフレアですが、あえて記号的な六角形が並ぶ、みたいな表現にしていません。絵コンテではそれに近い描かれ方だったのですが、昨今のカメラって、レンズの性能がいいので、レンズゴーストもあまり出ないんです。だったら、いまっぽさを取り入れたいと考えて、あえてそのようにしています。
第1話の小川全景の絵コンテ(カット6)と場面写真。絵コンテと違い、実際の映像において六角形が強調されたレンズフレアは見られない
――序盤だと、炊飯器の湯気にもこだわりを感じました。浅川 ああ。そうですね。ご飯を透明なタッパーによそうとき、ちょっと曇っているんです。あったかいご飯を入れると、ブワっと白くなるじゃないですか。それを再現したくて。
――なるほど。浅川さんの得意分野みたいなものはどういったところに出ていますか。
浅川 得意分野とは少し違うかもしれませんが、好きなのは、水の表現ですね。麦茶を注ぐカットなどでは水の奥が歪んでいたりします。屈折表現ですね。
あと小熊のお風呂。もともとお湯がなかったんですよ。
――え、そうなのですか。
浅川 そもそもお湯が(カメラワーク外に)切れるはずのカットだったんです、でも、どうも空風呂に入ってるように見えたので、お湯を足したんですよね。監督は「小熊はケチ性だから水を少なくして入るんだけど……」とおっしゃっていたのですが(笑)。水は光の加減、ゆらめき、屈折と、様々な表現手法が使えて好きなんです。
――なるほど。最後にご自身のなかでぜひ見てほしいと思える撮影表現があればお聞かせいただけますか。
浅川 あえて挙げるのは難しいですね……。最初にお話したとおり、これまでの自分の仕事は、処理も盛り盛りで、爆発や光がバンバン入ってくるような作品が多かったんです。でも今回は、それらの処理をいかに入れないかが大事で。撮影がやったと意識されないように処理を入れる。いわば「引き算の撮影」を学ばせていただいたなと思っているんですよ。
●その他の『スーパーカブ』インタビューはこちら
https://st-kai.jp/works/supercub/
●公式サイト
https://supercub-anime.com/