『スーパーカブ』 インタビューシリーズ こぼれ話
『スーパーカブ』 インタビューシリーズ こぼれ話
両親も友達も趣味もない、「ないないの女の子」小熊。
そんな彼女の単調な生活は、ふと見かけた中古のカブを買ったことで、少しずつ変わり始める――。
好評のうちにシリーズ終了を迎えた、TVアニメ『スーパーカブ』。本インタビューシリーズもこれが最終回となる。ここでは、インタビュイー各位が取材時に語っていたものの、放送日程の関係で掲載されなかった言葉の数々に着目。記者にとってとくに印象的だった「こぼれ話」をフラッシュバック的に掲載する。
2021年7月5日(月)
■少数精鋭のオープニング
記者より:本作オープニングは絵コンテ・演出・CGキャラクターアニメーション・撮影・編集を石川寛貢、原画を辻雅俊が担当している。おふたりについて話を聞いた。
●藤井俊郎監督
――オープニングはどういったコンセプトだったのでしょうか。
藤井 石川(寛貢)さんに完全にお任せしてしましたね。最初の発注というか打ち合わせのときに、世界観はこうですとお話ししています。
――冒頭のタイトルインで春夏秋冬が描かれていましたね。
藤井 季節感が大切な作品だったので、「そういうエッセンスが入るとうれしいですね」と話したら差し込んでいただいたんですよね。作品のニュアンスをしっかり受け取っていただいていたと思います。
●キャラクターデザイン:今西亨
――オープニングは今西さんが作画監督を担当されていますね。
今西 じつは、原画はおひとりにお願いしているんですよ。辻雅俊さんという方なのですが、もうそれがすごくよかったので、任せきりでした。僕がやったのはまとめくらいです。表情も「こんな感じで」とお話ししたら、そのとおりにやってもらえたので、すごく助かりました。
記者より:本作脚本家の根元歳三は、ロケハンに同行したという。背景に直接かかわりがある監督や美術監督ではなく、あえて脚本家がロケに同行する意味合いを聞いた。
――根元さんはロケハンに行かれたのですか。
根元 そうなんです。原作もあるし、脚本家が行っても意味がないと思われるかもしれないのですが、けっこうこれが役に立つんです。
取材に行くと、「ここからここまで何十分かかるのか」と自分が身体で覚えた距離感を小熊に投影して描けるんですよね。この作品はなるべく嘘をつかずにそのあたりを描いていこうとしていたので、その点で助かりました。シナリオの段階でリアリティを意識しながら……理屈だけではなく、空気のリアリティを意識しながら書けた気がしますね。
たとえば第11話で、椎ちゃんが自転車で猫道に入っていって事故に遭ってしまいますが、あそこ怖いんですよ。よくあんなところを自転車で通る気になったなと思えるくらいに。僕らは普段東京に暮らしているから、田舎の夜の暗さを忘れているんですよね。人もなかなか通らないなかで取り残される怖さ。そのあたりも現地に行って確認することによって、自分の身にもなって書けるわけです。本当に行けてよかったなと思います。
記者より:本作は初夏からはじまり、春で終わる構成になっている。この構成とした理由を脚本家の根元歳三に聞いた。
――1年で一区切りの構成にされたのはどうしてなのでしょうか。
根元 じつはこれ、イベント上映をやろうという話が最初にあったんですよ。そのときに、春夏秋冬で四回やろうという計画がありました。最終的にはそれはなくなったのですが。
――じゃあ、わりとやむにやまれぬ事情で……。
根元 いや、そういう現実的なこともあったのですが、それだけではなかったです。お話としても最後に春を見つけに行く話で区切ろうと。だからこそ、脚本上も演出上も季節の移り変わりを意識していたんですよね。
記者より:藤井俊郎監督は、取材中再三「空気感を演出すること」について言及していた。それが、ひいては視聴者に小熊たちがそこにいる感覚を持ってもらえる根拠になると。そんな話の流れのなかで、「気の利いたアイデアが、空気感を演出することに繋がっているのか」と質問をした。藤井監督は――。
――第2話「礼子」のラストは、脚本だと「明日の放課後がちょっと楽しみになった」という小熊のモノローグで終わっていますが、実際に出来上がったアニメ本編だとカブのウィンカーを気にして終わりますね。ああいうアイデアが「空気感を大事にした演出法」なのでしょうか。
藤井 そうですね。ただ……演出とアイデアは違うんですよね。思いついたことをコンテに入れても、それだけでは演出にならないんです。カットの流れや意味にそぐわないものを差し込んでも、ただの異物でしかないんですよね。だからそのウィンカーのカットも、「乗り始めたときのあるある感」のアイデアそのものではなく、小熊がちょっと浮かれている感じを出すのが大事だったんです。新しい環境で心が踊ったことによる油断に落とし込めそうだと思って、そのアイデアを使った、というのが実際の思考の流れです。
でも、本当はなるべく脚本を変えたくないんですよ。本読みの決定稿を出す段階で、ほぼ映像はできていて。ただ実際にやっていくと膨らんでしまうんですね。それを活かすか殺すか。そこがコンテの難しいところなのですが、実際変わってしまったところは全話数随所にありますね。
記者より:各インタビュイーに共通して言及がなされていた本作の「セリフの少なさ」。だが、第5話「礼子の夏」だけはモノローグも会話も、それまでとは打って変わってにぎやかなものとなっていた。この点について藤井監督と脚本の根元歳三に話を聞いた。
また、本話数は音響監督の矢野さとしからも、音楽面について言及があったので、あわせて掲載する。
●監督:藤井俊郎
――第5話はこれまでとは打って変わって、モノローグや会話が多い回ですね。
藤井 礼子が主役の回ですが、小熊と礼子の心の距離が近づく話数でもあるんです。ふたりがちゃんと向き合って話すタイミングが欲しかったんですよね。
――その点で他話数と差別化しなければいけなかったと。
藤井 それと、最初で最後のアクション回でもあったので(笑)。少し異質な空気感であっても成立すると思っていたんです。小熊の表情も最初に比べると随分増えたと、そういう印象を(視聴者に)もっていただくのも大事だなと考えていましたね。
●脚本:根元歳三
――第5話はこれまでとは打って変わって、モノローグや会話が多い回ですね。
根元 たしかに、あれは礼子が主役の話なので、特別編という感じでした。じつは、これ一本だけ、(他話数で軸にしていた)ミニシアター系ではない短編映画のつもりで作ったんです。
――それはどういったジャンルのイメージだったのでしょうか。
根元 70年代くらいの青春映画です。「主人公が挫折して終わり」みたいな……。夢は果たせなかったけど、何か自分なりに残ったものがある。あの雰囲気をやりたかったんですね。
それとは別にモノローグが増えているのは礼子だから、ということも大きいです。小説の地の文章に描かれた感情を表現するのに、あれぐらいは必要だと考えました。
●音響監督:矢野さとし
――選曲が難しかった話数はありますか。
矢野 難しかった、というより、毛色が違った箇所があって。富士山に登る回は第5話でしたか。あそこは音楽がロック調なんです。これはもう、ここ以外で使えないから(笑)。ただ、他話数の音楽と違う系統でしたから、正直にいうと葛藤もありました。最終的にはうまくハマってほっとしましたね。
記者より:第7話「夏空の色、水色の少女」で、小熊、礼子に次ぐメインキャラクターである恵庭椎が本格的に物語に登場する。その点を踏まえ、以降話数の三人の関係性――なかでも、椎から小熊に向けられる感情について、藤井監督に話を聞いた。
――第7話から椎が本格的に登場しますよね。小熊、礼子、椎について、それぞれどういうバランスで描こうとされましたか。
藤井 基本的には小熊が主役なので、モノローグは小熊オンリーで行こうと思っていました。礼子はイレギュラー的にフィーチャーされるところがあるので、そこにポイントを絞って。一方で、椎ちゃんは主役になりえる回が今回描くシリーズの範囲ではないなと思っていたので、そこはもう割り切って(モノローグは)なしとしました。そのあたりは最初から決めていたんです。
――小熊と礼子の関係性はどのように捉えられているのでしょうか。
藤井 小熊は親もいなければ友達も趣味もなかったけど、礼子になかば強引に巻き込まれてしまうわけです。で、最初は近寄りがたいなと思っていたけど、カブを通じて仲間意識というか、友達とも違うカブ仲間になる。そこからさらに発展するかどうかは、後半話数で少しずつ語っていくイメージです。
礼子はわりと地が自由奔放で、言葉が出てくる子として原作でも書かれているので。そういう意味で掛け合いの相手としては、(小熊から)言葉を引き出しやすいキャラだと思います。そこは存分に働いてもらっていますね。
――椎についてはいかがですか。
藤井 いちばん視聴者の目線に近いようにしています。いい意味で三人の関係性を引き出してくれるキャラクターでもありますし、芯が強い子だなと思っているんです。三人の中心的な存在になっていくのは彼女だなと思っていました。
――最終話に至るまで、椎のほのかな恋心がみられる場面があるように感じます。
藤井 原作でも椎の小熊に対する想いの描写はあって、それは恋心とも言えますね。椎は自分が知らないガジェットで、生き生きとした人達がいることに対する憧れや、思春期特有の心のゆらぎがあるんですよ。
――演出方針としてはどのようなイメージで組まれているのですか。
藤井 女子校でいう同性の先輩への憧れ感として……あくまで演出の方向性としてはですが、たしかに置いてはいます。ただ、あまり立てすぎるとノイズになるので、そのあたりは塩梅を考えています。
――最終回まで見ると、この作品は椎の物語にもなっていますよね。
藤井 そうですね。小熊に続いて椎も一歩踏み出しますから。スーパーカブに出会って影響を受けた小熊。そんな小熊が意図せずに、また別の人に影響を与えていた。そして、それがまた視聴者にもつながっていたとしたら、いちばん良い着地点になると思っているんですよね。
『スーパーカブ』インタビューシリーズ、他記事はこちら
●その他の『スーパーカブ』インタビューはこちら
https://st-kai.jp/works/supercub/
●公式サイト
https://supercub-anime.com/