「23時の佐賀飯アニメ」藤本さとる監督インタビュー

「23時の佐賀飯アニメ」藤本さとる監督インタビュー

「23時の佐賀飯アニメ」藤本さとる監督インタビュー

2021年3月29日(月)

 本インタビューは、「23時の佐賀飯アニメ」公開に際し、2021年2月25日付にてnote上にて展開された文面のアーカイブ掲載となります。
 あらためて、「23時の佐賀飯アニメ」とは、コロナ禍によって佐賀への観光客が減少するなか、地元の食材生産者・飲食店を応援する意図のもとに制作、twitter上で配信された超短尺飯アニメシリーズです。
 本シリーズがどのような想いをもって制作されたのか、藤本さとる監督によって、その一端が明かされます。ぜひ、本編鑑賞後にお楽しみください。


■佐賀のスタッフと一緒に

「23時の佐賀飯アニメ」は佐賀県の食材をフィーチャーした短編アニメと、かなり特殊な企画ですよね。藤本さんにお話が来たときは、どのような印象を受けられましたか。
藤本 「えっ! 取材にかこつけて佐賀に行けるの?」と。
――(笑)。
藤本 ただ、プレッシャーもありました。料理をちゃんと描く作品は、「よいアニメ」と捉えられる風潮が、業界内にあるんですよ。同業者に見られても、恥ずかしくないものにと思っていました。ですから、伊藤(郁子)さんに入っていただけて、心強かったです。

――伊藤さんは、今回作画として携われていますね。「美少女戦士セーラームーン」シリーズや「プリンセスチュチュ」など、さまざまな作品でご活躍されていますが。
藤本 ええ。ガッツリ組むのははじめてなのですが、繊細で丁寧な仕事をされる印象がありました。実際今回も作画面にその特徴が活きていると感じます。
――今回は映像内で、食事している姿そのものは登場しませんが、これはそういうオーダーだったのですか。
藤本 そうでした。あくまで食材をメインにしたいとのことで、難しいと思いつつやっていましたね。
ーーおいしさを表現するのに、食材を口に運ぶ際、周囲に花が咲いたりといったイメージシーンを使用する方法もありますよね。

藤本 たしかにそうなのですが、今回は伊藤さんと話し合って、その路線はやめようと。食材を忠実に描くことで、おいしさを表現する方向に舵を切ったんです。生産者の方々へのリスペクトがしたかったんですね。絵コンテも自分が描いてはいるのですが、佐賀のスタッフさんと一緒に作っていったつもりです。さまざまなご提案やご意見をいただきつつ形にしていきました。

■【竹崎カキ】プリッと感とシートワーク

――ここからは食材別にお話をうかがっていければと思います。たとえば牡蠣でいうと、それらしく見える秘訣などあるのでしょうか。
藤本 これはなんといっても取材の賜物ですね。
――ああ。佐賀での……。
藤本 いえ。じつはこれについては、時期の関係もあって佐賀で取材をしていないんです。なので、伊藤さんが急に「牡蠣を探しに行くぞ!」って。
――探しにとは、どこへですか。
藤本 スタジオ最寄の阿佐ヶ谷の牡蠣専門店です(笑)。アニメーションプロデューサーの福盛(博一)くんと一緒にさんざん歩き回ったんです。やっと見つけて、開口一番お店の方に「すいません、牡蠣の殻もらっていいですか?」って。
――(笑)。お店の方も驚かれたでしょうね。
藤本 そうですね。もちろんおいしく牡蠣もいただきつつ。お店の方も殻を丁寧に袋に入れてくださって、それを持ち帰って参考にしたんです。
――牡蠣のプリッとした感触が伝わってくるようでした。
藤本 そこはシートワークによって表現されていますね。
――シートワークですか。具体的には、どういったことを指すのでしょう。
藤本 シートというのは、「タイムシート」と呼ばれる表のことです。この表を使って、どのタイミングに動きのキーとなる絵(原画)を入れるのか、その間に何枚異なる絵を入れるのか(動画)などを指示するんです。

――すみません。もう少し紐解いていただいてもよろしいですか。
藤本 そもそもアニメは、パラパラ漫画の原理で動いているんです。絵の動きはじめと動き終わりの間に、少しずつ違った絵を挟み込むことで、動いているふうに見せているわけです。
――ノートの端でよくやりました(笑)。
藤本 1秒間に24枚の絵を入れて動かす(秒間24フレーム)ことが前提なのですが、ほとんどの場合、アニメではその全てに違った絵を入れ込んでいるわけではないんです。むしろ、そのなかで何枚同じ絵を入れるかによって、「ゆっくりなめらかに」だったり「素早く大胆に」など変化を付けられるんです。結果、キャラクターの芝居感をはじめ、重さや質感を表現することもできるんですよ。
――なるほど。そのシートワークによって、この牡蠣の「おいしさ」を際立たせているのですね。

■【北方ちゃんぽん】湯気というキャラクター ――先程、牡蠣は取材の成果が出ているとの話がありましたが、実際に佐賀に行かれたうえでの取材で、具体的に役に立ったのはどんなことがありましたか。
藤本 たとえばちゃんぽんですが、麺が見えないくらい具材たっぷりなのは、取材に行ったときのままです。それどころか、料理している方の手付きも、ほとんどロトスコープ(実際の映像を引き写してアニメにする手法)で描いていますね。
――では、私達が佐賀に行って、偶然このモデルになったお店に入ったら、同じ手付きで調理していただけるのですね。
藤本 そういうことです(笑)。伊藤さんからは、「料理している方の腕時計のメーカーを聞いてくれ」とも言われました。最終的にそのまま描いてはいませんが、作り手をリスペクトする一環として、適当なものにはしたくないと。
――こだわられていますね。この取材のときは実際に厨房に入られていたのですか。
藤本 はい。ありがたかったです。カメラは顎の下あたりにあるイメージで、私達の目線のままに描きたかったんですよ。大事なのは常に臨場感だと思っていました。

――ちゃんぽんは湯気がしっかり立っていますが、これも臨場感を増すのに一役買っているのではないですか。
藤本 顔に被るくらい湯気が来ていたんですよ。ここは撮影ではなく作画で描いています。
――撮影は、作画をふくめた各素材を合成し、完成画面にもっていく作業ですよね。煙などのエフェクトはその段階で足すことも多いと聞きますが。
藤本 はい。ただ今回は、料理に付けてなびくところを、ちゃんとやりたかったんですね。動いているものを描くのであれば、やはり芝居をさせるためのセクションである作画でやるのがいいだろうと判断したんです。湯気という“キャラクター”に、なびく“芝居”をさせている、ということなんです。

■【佐賀牛®】“二枚描かれた”霜降り ――佐賀牛はなんといっても、霜降りの表現が見事ですね。とても細かくてリアルです。
藤本 これは作画なのですが、じつは二枚描いているんです。あえて線の位置をずらした、もう一枚の霜降りの絵を作っているんです。

――どうしてそのような工程を経たのですか。
藤本 それらを交互に撮影し、絵にブレを生じさせることで、油の“沸々感”を表現できるんですよ。焼けている感じも出るし、ジューシーな肉の旨味を想起させようと思ったんですね。

――線をブラすことで、おいしさを表現する……そんな工夫があったのですね。
藤本 ちなみに、焼けている面も、じつは(赤身の霜降りと)同じ素材を使っているんです。その素材の焼けている色を特効さんに作ってもらって、貼ってあるんですね。そのうえで、仕上げの段階で貼り込みの境界を少し馴染ませて、違和感がないようにしています。
――特効(特殊効果)とは、どういうものなのでしょうか。
藤本 絵に質感を施すための作業ですね。デジタル化の影響で、素材を合成する工程である撮影部門がその役割を兼ねることが多くなったのですが、やはり技術はピカイチですので、今回はぜひにとお願いしました。
――特効が食材に及ぼす効果とは、どのようなものなのでしょう。
藤本 アニメって、絵で描く以上どこかにデフォルメが入るわけで、(実写と違って)情報量が少ないですよね。そこにアクセントとして手描きではないものが入ることで、存在感がグッと増すんです。

■【竹崎カニ】色と美術とあたたかさ
――ちなみに取材されてきたなかで、もう一度食べたいと思えたのは、どの食材になりますか。
藤本 カニですね。佐賀にいったらいの一番に食べたいです。

――では、次はそのカニについて見ていきましょうか(笑)。そんなにおいしかったのですか。
藤本 取材で食べたのは、季節的に雄だったんですよ。でも、オーダーの関係で本編では雌を描いたんです。だから次は雌を食べに行きたいですね。
――ああ。だからもう一度食べたかったんですね(笑)。雄と雌での違いはどのようなところにあるのでしょうか。
藤本 内子(卵)があるかないかです。これがいっぱい入っているのがウリなのだそうです。ただ「地元の方はどちらかというと雄が好き」ともお店の大将からうかがいました(笑)。
――なるほど(笑)。ちなみに、カニはちゃんと描くとグロテスクに見えてしまう懸念もあったような……。
藤本 そこは、内子を多めにすることで、あまり奥の繊維を見えないようにしていますね。あとは、パーツを簡略化してもらっています。こんなふうにアニメは、ピンポイントで食材にクローズアップできるんですよ。特徴をさらに先鋭化させられるんです。

――アニメらしい利点ですね。
藤本 ただ、そうはいっても限度はあって、とくに色については難しかったですね。
――たしかに、数多くの色が使われていて、塗るだけでも大変そうです。
藤本 これは色彩の鈴木(依里)さんに資料をお送りしたうえで、がんばって塗っていただきました。色をはっきりと分けることで、内子のオレンジを目立たせるようにしたのがポイントですかね。
――全体に暖色系でまとめられていますね。
藤本 やっぱり食べ物は温かい照明の下で食べるのがおいしいなと思うんです。視聴者の色覚に訴えてみました(笑)。
――食材以外のお皿も彩りのひとつになっている気がします。
藤本 これは(佐賀県有田町とその周辺地域の名産である)有田焼なんですよ。こういった佐賀らしいものはできるだけ入れていく方針でやっていたんです。ちなみに、お皿の柄は美術で描かれています。

――美術というと、キャラクターではなく背景を担当する役職ですよね。

藤本 はい。そこで作ったものを撮影さんにパース付けしてもらって、張り込んだんですね。
――とても精巧なので、てっきり写真をもとにしたのかと思いました。
藤本 その手もあるのですが、資料写真は反射が入っていてそのまま使うのが難しかったんです。作画で描く方法もありましたが、あえて美術さんにお願いしてみたら、クオリティの高いものを上げてくださって。
――どうして美術さんにお願いしたのでしょうか。
藤本 キャラクターを動かす作画より、どちらかといえば静物を描く美術さんにお願いしたほうが、いいものが上がってくる印象があったんですよね。今回美術で参加してくださったムクオスタジオさんとは信頼関係もありましたから、間違いないだろうと。こんなふうに、今回はあまり役職ごとの棲み分けがなかったんです。一丸となって、佐賀のおいしいものを再現できればという気持ちもありました。

■【呼子のイカ】透け方の違うイカ ――色彩、美術と各セクションのお話が続きましたが、撮影の腕の見せどころだった食材はどれになるのでしょう。
藤本 イカですね。この透明感を、撮影のチップチューンさんで調整してもらっています。

――透けているところと、ないところがありますね。
藤本 はい。足の方が肉厚ですから、ほぼ白に見えるようになっています。これは伊藤さんが、ダブラシ(透けさせながら絵を重ねる作業、この場合は透明にする作業)の加減をパーセンテージで書いたんです。ただ、その指示どおりだと足が透け過ぎてしまったので、最終的に撮影さんで調整していただきました。
――こだわられていますね。漬けた瞬間の醤油やイカの「重さ」もよく出ているような気がしたのですが。
藤本 ここは伊藤さんのこだわりに驚かされましたね。一瞬しか映らないのが残念です。
――こういった重さを表現されるにあたっては、どのような点をポイントとされるのですか。
藤本 3つの要素が大事ですね。描き味とシートワークとタイミングになるかと思います。
――シートワークは先程教えていただきましたね。
藤本 描き味でいうと、例えば絨毯の上に足が乗っているとして、影がしっかり描いてあれば重たく見えますよね。さらにシートワークやタイミングで、そこにズズっとした重たそうな動きがあればそれらしく見えます。あとは音が加わればバッチリですね。

――音といえば、効果音やキャストの演技について、実際に完成したものを聞いてみて、いかがでしたか。
藤本 音はプロデュースサイドの管轄でしたが、重要なファクターだとは思っていました。個人的なお気に入りは、ラーメンを啜る音ですね。イメージどおりで、すごくよかったです。宮野(真守)さんのリアクションは、実際に似た食材を本当に食べてもらいながら収録したと聞いています。
――妙な臨場感がありますよね(笑)。それでは、そろそろ次の食材のお話を……。
藤本 ちなみにこれ、醤油を絡ませるための隠し包丁が入っているんですよ。
――あ、たしかに! 右側に切れ込みがありますね。しかも、醤油が乗っているんですね。すみません。あまりに細かすぎて、気づけませんでした……。

■【シシリアンライス】よだれが出た瞬間 ――大変失礼ながら、全食材のなかでシシリアンライスだけは初めて聞く名前でした。

藤本 僕も初めて食べました。どちらかといえばB級グルメ的なものなんですよ。お店ごとに作り方も少しずつ違っているようで。卵、マヨネーズ、フレンチドレッシング、タバスコ、といろいろです。取材では、半熟卵の黄身がとろりとかかる瞬間がおいしく見えたので、そこを切り取りました。

――たくさんのみどころを取材されていると思うのですが、食材のおいしさを感じさせるために、どの瞬間を切り取るかは難しかったのではないですか。
藤本 そこは悩んだ部分ではありますね。ただ、基本はやっぱり調理していく瞬間がよかったんですよ。作っているところを見ていると、よだれが自然と出てくるんですね。その瞬間が切りどころだなと。
――なるほど。シシリアンライスは、様々な食材が細かく描かれているのも特徴ですが、労力的にも大変だったのではないですか。
藤本 そうですね。くわえて、じつはこれ食材ごとに素材を分けているんです。
――どういうことですか。
藤本 肉、肉汁、キャベツ、マヨネーズ、卵の黄身と白身。これらそれぞれを別々に動かすために、レイヤー分けをしているのですね。すべての動きを一枚に書き込んでしまうと、動画さんも把握しきれなくなるんです。分けることで、原画の後工程が混乱しなくて済むので、どうにかなっています。ただ、素材それぞれを全部描く必要があるので、労力はかかりますね。

――全部、ということは、映像上見えていない部分も作って動かしているのですか。
藤本 そういうことになります。……伊藤さんは大変だったと思います。

■【嬉野温泉湯どうふ】豆腐らしさの保証 ――湯豆腐は、一般にイメージされる豆腐の形をしていませんね。
藤本 これはおもしろい体験でしたね。温泉のお湯で煮立てると、豆腐の角がドロドロになってくるんです。しかも、それでおいしくなるんですよ。大豆本来の味が出てくるんです。ですから伊藤さんに、できるだけそのドロリとした感じを出してほしいと。結果、いい感じになったなと思います。

――そんななかで、ハイライト(光が強くあたる部分)が豆腐らしさを出しているように見えたのですが。

藤本 ええ。そこで私達が本来イメージする豆腐の“らしさ”も、保証しようと思ったんです。白の上にハイライトだと目立たないのですが、色彩さんの調整のおかげで上手くやれたのではないかと。豆腐らしいツヤ感が出せていればいいのですが。
――薬味も置いてありますが、これはカメラボケでよく見えませんね。
藤本 むしろ、見せたいものにピントを合わせたいんです。そこは指示を入れていますね。とはいえ、ボケていても薬味があることで、様々な食べ方があることは、情報として見せておきたかったんです。丁寧に描き込んでもらっているので、ちゃんと見せたいところなのですが、あくまで豆腐がメインですからね。
――何も付けずに食べていますが、取材でも同じようにされたのですか。
藤本 ええ。現地の方に薦められて、そのとおりにしたら感動がすごかったもので……。 じつはこれ、温泉の水がお土産で売っていたんですよ。それを買って家で作ってみたんです。
――それほどまでに気に入られたのですね。
藤本 はい。とてもおいしくいただきました(笑)。

■【伊万里牛ハンバーグ】監督が描く異質感 ――ハンバーグはデミグラスソース推しなのですね。かけ方ひとつでおいしそうに見えるのですが……。
藤本 いい感じの「お預け感」なんだと思います(笑)。取材でもいちばんおいしそうに見えた瞬間だったんですよ。食べたくて仕方なかったです。
――炎の表現も見事ですね。
藤本 これは撮影でやるつもりだったのですが、手前に巻き込む炎も欲しくなったので……僕が描いてますね。

――え! 監督が描かれているのですか。
藤本 必要そうだったもので……。ここだけ1コマを使っているんです。
――1コマというのは、どういう技法なのでしょうか。
藤本 日本のアニメの場合、先にお話した1秒24枚のうち3枚ずつを同じ絵にしていることが多いんです。これがいわゆる「3コマ打ち」と呼ばれるもので、結果、1秒間に8枚違った絵があれば動いているように見えるというわけです。今回も伊藤さんは、基本このやりかたで食材の“芝居”を表現しています。
――1枚ずつ違った絵にしなくても、動いて見えるものなのですか。
藤本 はい。むしろ日本の場合はそれがスタンダードです。それをあえて1枚ずつ違った絵にするときに「1コマ打ち」と呼ばれるんです。ぬるっと動くのが特徴ですね。
――たしかに他の動きとの異質感が際立っていますね。それにしても、どうして手前の炎をわざわざ付け足されたのですか。
藤本 火力の強さを表現したかったんです。炎が料理に巻き上がる感じが、どうしても見せたかった。それがおいしさの表現につながると思ったんです。ちなみに、ソースと火と油以外は、ほぼすべて特効が入っています。
――ハンバーグ表面の焼いている感じがよく出ていると思います。
藤本 奥の鍋もいいですね。汚れた感じが出ていると思いますよ。添え物も、とくにポテトはチーム・タニグチさん自信作とのことですね。

――チーム・タニグチは谷口(久美子)さんを中心にした特効部門ですよね。
藤本 ええ。チーム・タニグチさんは以前からお世話になっているのですが、お任せすれば間違いないものが上がってくるので、本当にありがたいですね。

■【いちごさん】ジューシー感をイメージで ――イチゴは今回取り上げた食材のなかで、ただひとつ「料理」ではありませんね。
藤本 生のままですからね。それもあって、食べるシーンで相当悩みました。最終的に、イチゴ狩りを思い出して描いてみようかと。
――イチゴは陽の光で反射して美しいですね。
藤本 そういう描写でもあるのですが、ジューシーな感じを出すことも考えて、あえて多めにハイライトを入れています。くわえてジューシー感でいうと、食べたあとの切り口には特効を吹いてもらっているんです。このイチゴも季節柄現地では食べられず、送っていただいたのですが、谷口さんにもそれをお渡ししたんです。そうしたら「任せてください!」と気合い充分で挑んでいただきました。

――(笑)。ボケていますが、奥側にもイチゴがあるようですね。
藤本 これも葉っぱは美術ですが、実は作画で描いていて、特効も入っています。色味を手に持ったイチゴと合わせたかったので、両方とも作画で統一したんですね。
――そのイチゴを口にいれるとき、パァンと弾けるような、イメージ的な表現にされていますね。これもジューシー感がありますが、一連の食材のなかでは、珍しい演出法ではないですか。
藤本 そうですね。これは……最初は黒コマだけにしていたんですよ。イチゴを口のなかに入れた瞬間、真っ黒の映像が画面いっぱいに表示されて、その後噛んだあとのイチゴが登場する、といった表現だったんです。

――どうして現在のかたちになったのですか。
藤本 どうしても噛んだ感じが出なかったんです。「何が起こったんだろう」といった感じになってしまって。そこで、今回のような演出法でやったら噛んだイメージを植え付けることができるのではと思い立ったんですね。色のセクションががんばってくださって、おいしく見せられたのではないかなと思っています。

■【佐賀ラーメン】静物としての海苔 ――ラーメンについてですが、麺を卵に乗せたうえですすっていますね。これが正式な作法なのですか。
藤本 お店の方が「こうやってください」とおっしゃっていました。卵の黄身だけちょっと取って漬ける食べ方が、わりと佐賀ラーメンの主流のようですね。ただ、取材にうかがったお店は、卵より海苔推しだったんです。

――ではどちらをフィーチャーするか、迷われたと。
藤本 ええ。ただ、佐賀ラーメンは一般的には卵が推しですから、佐賀の食材をアピールするコンセプトに沿って、こちらにしたんです。とはいえ、せっかくお店の推しでしたから、海苔を大きめにしています。
――海苔そのものの表現へのこだわりはありますか。
藤本 あえて美術で描いていることでしょうか。BOOK(作画で描かれたものの手前側にある美術素材)にしていて、それを撮影時に海苔の形に貼り込んでもらっているんです。海苔は普通に作画で描くとなかなか表現できないんですよ。美術で貼り付けたほうが良くなるだろうなと思ってやりました。
――それはどうしてですか。
藤本 海苔は、黒一色ですよね。そのなかで、細かなシワや風合いなど、情報量をしっかり出すためには、美術で描くしかないと思ったんです。静物を描く専門の美術であれば、これまで培ってきた表現でやっていただけるかなと思いました。結果、正解だったと思います。

――なるほど。いっぽうで作画側のポイントは、卵を巻き込むことなのですか。
>藤本 そうですね。これはもう、上手いとしか言いようがないですね。コンテで指示したわけでもなく、伊藤さんのアドリブで巻き込んでくれています。卵って描き味が難しいんですよ。液体がどれぐらい粘っているか、とろみがあるかを想起させなくてはいけない。今回はそこが表現できていると思いますね。

■海の匂いが似た街で ――せっかくですから、今回佐賀に取材に行かれて、思い出になったことなどもうかがえればと。
藤本 佐賀の海が、僕の地元の浜名湖にちょっと似てたんですよ。浜名湖は汽水湖といって、薄い塩分の海なんです。どろどろの遠浅の海で、もうズブズブ入っていける感じなんですね。海の匂いも似ていて、懐かしい気持ちになりました。
――そうでしたか。
藤本 それと、今回泊まらせていただいた宿に、大事な取材の成果がつまったカメラを忘れてしまいまして、送っていただいたんですよ。ですから、お礼もふくめてまたうかがいたいと思っています。今度は食事はもちろん、それ以外でも佐賀のいいところをいっぱい探したいですね。

「23時の佐賀飯アニメ」公式サイト ※本編もご鑑賞いただけます。
https://sagaprise.jp/23jinomeshiani/