『スーパーカブ』 美術監督 須江信人、畠山佑貴インタビュー【後編】
『スーパーカブ』 美術監督 須江信人、畠山佑貴インタビュー【後編】
両親も友達も趣味もない、「ないないの女の子」小熊。そんな彼女の単調な生活は、ふと見かけた中古のカブを買ったことで、少しずつ変わり始める――。
現在放送中の角川スニーカー文庫にて刊行中のライトノベル原作作品『スーパーカブ』。
第7回となる本取材では、引き続き美術を担当した草薙【KUSANAGI】の須江信人と畠山佑貴にお話をうかがった。
2021年6月3日(木)
インタビュー前編はこちら
■前代未聞のBGオンリー
――今回はキャラクターがいない、背景美術だけのカットが非常に多いですよね。そのような映像設計になると事前に聞いていたのですか。
須江 はい。多いし、1カットにかける尺も長いとうかがっていました。それでも、第1話の絵コンテを見たときは呆然としましたね。「これ、本気でやるんですか……」と藤井(俊郎)監督に漏らしたのを覚えています。第1話Aパート156カット中、約60カットのBG(美術)オンリーですからね。こんなの前代未聞ですよ(笑)。
――では、相当数の美術をお描きになっているのですね。
須江 じつはそうでもないんです。兼用が多いことが功を奏していて、美術の枚数そのものは、日常物として平均的な数字だと思います。
――藤井監督の「兼用BGを多くすることで、効率化を図る」設計はうまく機能していたと。
須江 そうですね。あと本番ボードの一発描きだったので、その点でも枚数は少なく済んだんですよね。
――通常であればボードはあくまで指針として描かれるもので、そのボードを規範として、実際に使用する背景を描いていくわけですよね。
須江 はい。そこを変えて、今回は実際に本編に使用するボードだけを描いたんです。BGオンリーが多いですから、気合は本番ボードだけにすべて集中しようとしていました。
――藤井監督は同ポ(同じカメラ位置、構図)表現もよく使用しますが、これも美術の負担を少なくする作業だったそうですね。
畠山 ええ。なおかつ季節がめぐる表現にも一役買っているんです。同じアングルだけど、描き方を変えることで、より季節の移り変わりを視聴者に感じさせるわけですね。この作品にとっても、いちばん大事なところですよね。
――季節ごとにどういった箇所を変えていったのですか。
畠山 移りゆく山や雲の変化には気を付けました。ただ、この作品は花があまり出てこないんですよ。その季節にしか咲かない花が描ければ、一目瞭然なのですが……とくに春から夏にかけては難しくて。空の色を変えて、夏は雲もモクモク感を出してみたり、少しだけ葉の色を変えたりしていました。
畠山 たとえばこの絵だと田んぼがポイントですね。刈り取り前と後です。遠景の山も赤く色づかせています。「これをどう変えたらその季節に見えるかな」と。そこにやりがいを感じていましたね。
あとは……そうだ。今回コスモスアーツさんとNAMHAIさんに美術のご協力をいただいているのですが、NAMHAIさんは海外なんですよ。で、基本夏なんですよね。
――ああ。ベトナムの会社ですからね。
畠山 それもあって、秋と冬の表現がかなり難しかったんです(笑)。雪なんか、写真を送っても、実際に体験されているわけではないのでわからないんですよね。そのあたりの塩梅を説明するのにはかなり苦労しました。見ていないものは、なかなか描けないですからね……。
――なるほど。もうひとつ、今回小熊の気持ちが色づく表現のために、普段は背景も含めグレーがかった色味になっていますよね。季節感を表現するにあたって、その点はどうお考えでしたか。
畠山 美術は普通に描いていいと言われていたんですよ。あれは撮影の段階で色を落としているので。
須江 ただ、その話を最初に聞いたときは、正直少しショックでしたね。「え、色落としちゃうのか……」とは思いました。ただ、いまお話されたように、それは小熊の感情表現のために、重要となる大きな要素だったので、ボード担当者も含め納得しました。実際にとてもいい表現になっていたと思います。 ■ひたすらパンを作っていました
――美術面でCGを使用している箇所はありますか。
須江 ええ。うちは背景会社なのですが、かなり3Dに力入れている会社なんです。何回も登場する場所については、3Dレイアウトさえしっかりしていれば、背景もそこに引っ張られてクオリティが上がりますし、形とパースが保証されているのは大きいですからね。藤井監督にも「モデルを作ってレイアウトを取りますよ」とお話しました。椎ちゃんのお店(BEURRE)と学校の駐輪場、教室は3Dモデルを使用しています。
須江 お店はパンも3Dなんです。ひたすら作っていましたね(笑)。エスプレッソマシンなんかは、監督のこだわりです。
――では、同じく3Dモデルで作った教室について、こだわりなどありましたか。
須江 ううん。教室は作画の関係上、どこの制作会社さんも作ろうとなるんです。だから、「また教室ですか」みたいな感じではありましたね。
――(笑)。甲府一高の職員室も同じく3Dなのでしょうか。
畠山 あれは手描きですね。職員室は写真をもとにしています。これは物量勝負なところがあって、今回の方針である「形を捉える」とは少し違ってきてしまうのですが……机周りの小物を抜いてしまうと全然印象が変わるんですよ。だからそこは極力再現していました。
須江 これはまた違う方向で大変な美術でした。それをいうと、スーパーなんかも同じでしたね。ロケに行っているときに「ここ出すんですか?」と何回も聞きましたよ(笑)。
畠山 スーパーおの、コメリ、アップガレージなんかが該当しますね。しかも小熊が商品を見たりするから、周りもちゃんと描いておかないといけなくて(笑)。
――店のなかだと奥と手前でディテールが違うように思えたのですが。
畠山 ああ、そうですね。広告やチラシをいっぱい置いておけばそれっぽく見えるので、そのあたりのディテールは色を使ってしっかり表現しています。
須江 この考え方は自然も同じなんです。基本的にはシルエットを大事にして、遠景、中景、近景で表現の仕方を変えるんです。
畠山 レイアウトが来たときに、どの見え方にそれぞれするかを考えています。「ここは見えていたほうが気持ちいい」といえるポイントがあるんですよ。 ■実在しても線から起こす
――建物が全体的に古いように感じました。
畠山 たしかにそうですね。ロケハンを活かしているからともいえますし、生活感を出すために、あえてポイントで汚したりもしています。道路のタイヤ痕なんかは、かなり出る頻度が多いですからがんばりました。白線の削れ具合や、側溝を実際の大きさに合わせたりと、味があるようにしています。
畠山 役場なんかもわかりやすいですかね。
須江 「そうそう、昔はこんな感じだった」感を入れ込んでいます。ほとんど写真のままではあるのですが、懐かしい感じのする職場で。でも、数カットしか出てこないんですよね……。
――道路にしても役場にしても、今回は基本実景がもとになっているわけですが、それでも美術設定(線画で描かれる美術の設定)は起こされたのですね。
須江 写真でいいのではないですか、となりそうですよね。でも、それは違うんです。写真レイアウトでボードを表現すると、よくも悪くも写真のイメージにかなり振られてしまうんですよ。監督の望んでいる作品観に沿ったテイストを表現するときは、逆にそれが邪魔になってしまう。やはり描きの線画に起こしてから空間を再構築したほうがいいんです。スーパーおのもアップガレージも、写真をもとにするのではなく、あえて線画で起こすのが大事なんですよね。 ■実家にいるような感覚で
――制作を終え、あらためて美術作業を振り返ってみていかがでしたか。
須江 藤井監督はたいしたものだと思いました。個性の強い監督だと、高い位置からでしか物を言わない方もいらっしゃるんです。でも、藤井監督は「楽しい現場にしないと」というお考えがあったので、やりとりの塩梅はとてもよい感じにできたと思います。そのうえで反響もあって、結果も出しているわけですし。けして派手ではないですが、わかる人に伝わっていく。そんな作品なんでしょうね。先日ツーリングに行ったときにも「いいよ、『スーパーカブ』」なんて言われて、それはうれしい経験でしたね。
畠山 自分は仕事と関係なく、個人的に地元の絵を描いたりしているんです。そういうことがけっこう好きな性分なんですね。今回は仕事でも似たようなことができた気がするんです。あまり派手な色使いにせず、自然な町並みを表現していく。そんな作業はやりやすくて楽しかったですね。
自分はファンタジーだったり、血みどろのドロドロしたものだったり、さまざまな作品に携わっているのですが……。『カブ』をやるときだけは、実家にいるようなテンションをもって臨めました。そんな作品は『カブ』がはじめてだったんです。
●その他の『スーパーカブ』インタビューはこちら
https://st-kai.jp/works/supercub/
https://supercub-anime.com/